はじめまして

はじめまして。私はブログ名にもある「ナースが障害児の親になったら」の「なったら」と言います。

私は看護師として10年働きました。

その間に「小児科」「整形外科」「消化器外科」「精神科」で勤務しました。

就職したのは20歳のとき。はじめての病棟は「小児科」と「整形外科」の混合病棟でした。

私が配属された小児科は小児年齢の0歳〜15歳までの治療が必要な小児全てが対象でした。(耳鼻科や整形外科関係なしのなんでもウェルカムな感じ)

 病気の患者の看護を勉強し、疾患を理解し、対象の人物の人生背景を考慮して関りを考えました。

20歳になりたての自分がまだ経験したことのない病気と年齢背景を踏まえて話をすることは不可能に近かったです。

当時、子供も産んでいない自分が病気の子供を持つ母親の話を聞き理解すること、

100年生きた人が転倒し足を骨折して寝たきりになってしまった気持ちを理解すること。

体験したことない状況を想像し、患者さんの立場に立って考えることが必要でした。

言葉にするのは簡単ですが、その状況に対して想像だけでは安易に行動が出来ない世界です。

 私はなんとか「業務」を行えるようになったが、果たして「看護」を行えているのか疑問に思う事もありました。そんな時、担当していた未熟児のお母さんが面会の時に呟いた一言が忘れられずいました。

「ちゃんとお腹の中で予定日まで育ててあげられなくてごめんね」

棘のように刺さってずっと心にこの言葉がありました。

病棟で一番長いAさんに

「子供を産んでいないのに未熟児を産んだ母親が落ち込んでいるときになんて声をかけていいのか分からないです、なんて声をかけてあげればいいですか」

と聞いたことがありました。

Aさんは私の教育係で看護師として20年以上働いたベテランだった。彼女であれば私が抱えているジレンマに対して何かしら適切なアドバイスをしてくれるだろうと期待していました。

Aさんは

「そんなの、子供産んだことない私に言われても分からない。今の目の前の事実だけ言ったらいいんじゃない」

と言いました。

私はショックでした。

目の前の事実しか伝えられないのか、と。

もっと相手を労わる言葉がないのだろうか、と。

母親は未熟児を産んだ自分を責めていました。自責の念を取り払うまでの大層な事は出来なくても、少しでも目の前の生まれてきた子供が今生きている事実を希望として受け止められるような働きかけがしたかったです。

あれから10年経ちました。

私は未熟児を産んだ母親になんて声をかけたらいいのかずっと考えていました。どこかに答えがあるのでは、と思っていました。

そんな私は障害児の親になりました。

このブログを通して、看護師として、障害者の家族として、親として、

色んなことを発信して、

同じような気持ちを抱えている人の力になりたいと思います。

ここまで読んでくれてありがとうございます。

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