急性壊死性脳症について⑴

こんにちは。「なったら」です(╹◡╹)

今回は息子の障害について書こうと思います。経過が長いので分けています。

妊娠中の経過は問題なく、出生後の先天性代謝異常の検査も問題はなかった。1ヶ月検診での体重の増加も特に指摘されず、順調に大きくなっていた。

息子が1ヶ月半程度すぎた時に保健師さんの「新生児訪問」が体重の増えの停滞を指摘してくれた。そこで、体重増加が緩慢になってきた事に気が付いた。

私は市で開催されている無料の助産師相談に通って指導を受けた。(自分が看護師であっても、小児科に勤務していても、育児は1人、1人違うし、自分以外の目で子供を見てもらう方が安心!と思って行ってました)

Aさん「体重の増えがイマイチだね。夜中も授乳回数増やしてみる?」

Bさん「体重の増えが成長曲線からはみ出したので、夜中2回起きて授乳してみる?」

母乳神話ではないけれど、母乳で育てた方がいいとされる中、母親の負担は大きい。上の助産師の指導を受ける前に、すでに日中12回の授乳をしていた。2時間毎の授乳。しかも、息子は飲むのに時間がかかり、1回に1時間はざらだった。つまり1時間毎の授乳。それを夜中も継続しろ、と?

ええ、母は頑張りましたよ。でも、体重が増えない。

体重が増えずに授乳回数を増やす指導はもう古い気がします。せっかくミルクがある時代に産まれたのに授乳回数を無理に増やして母の負担を増やす事はないと思う。母と赤ちゃんが相互に楽になるwin-winの育児をすべき。だって、核家族だもの。ばーちゃんいないし、ほぼワンオペでしょ、昼間。むり、むり、むり。使えるものは使いましょう。(これ子育て中の人にみんなに言いたい!)

問題は母乳量が直接足りてないのではないかと思い、ミルクも足してみようとしたが哺乳瓶を嫌がり、全く飲まない。口に入れすらしない。

もう、病院行こう。成長曲線から外れたし。

病院に行って、授乳の度に体重測定を行った。頭部のMRI、染色体検査、全身のCT、レントゲン、一般採血。全て実施した。

でも、飲めない原因は分からず、絶対的な哺乳量が足りない事は分かり、注入を導入して退院した。

↘︎急性壊死性脳症について⑵に続く↙︎

インフルエンザA型(小児の薬の飲ませ方のコツ)

こんばんは。「なったら」です(╹◡╹)

つ、つ、つ、ついにこの季節がきましたね。予防接種はされましたか?

うちは誰1人しませんでした!そして…

息子1号がインフルエンザA型になりました。

タミフルを処方されたのですが、どうやら激不味らしいです。なんとかチョコアイスでごまかして飲みましたが、1号は「はたらく細胞」を見て、ウィルスに怯えているので不味くても飲みました。はたらく細胞ありがとう。笑

1号は保育所をお休みしました。熱が下がって3日経たないと登所ダメです。5日は自宅療養必須です。

経口補水液OS1も買って、ポカリも買いましたが幼児はあんまり好きじゃないですね。なんとか寝ましたが、座薬使いつつ夜を乗り切りたいと思います。

ここで、小児のお薬飲ませ方ポイントを載せておきますね!

<薬を混ぜると飲みやすくなるもの>

●ヨーグルト(イチゴ味)●チョコアイス●服薬補助ゼリー(おくすり飲めたよ)

*薬を少量の水で練って、口の中に置くのもコツです*

薬は必ず薬剤師の処方説明を聞きましょう(╹◡╹)

皆さんも、手洗い、うがい、アルコール消毒、マスクして感染予防してください。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

医療ケア児の親に求められるもの

こんばんわ。「なったら」です(╹◡╹)

子供が障害児で親に求められるものは育児の知識だけじゃないと思って、一体なんの知識が求められるのかを考えてみました。

①育児知識

②医療ケアの知識(気管切開していれば管理の仕方、吸引の手技、注入方法、移乗の仕方etc…)

③からだの仕組みと病気の知識

④社会保障制度について

以上、4つが求められるかなと思いました。

ただでさえ初めての育児に戸惑うのにそれにプラスして3つも増える。

地獄(T ^ T)(T ^ T)ツラいよよ。

そこで、行政に相談しても、ただでさえケアを必要としない子たちの保育所が足りないのに、医療ケア児まで気が回っていない。手も回っていない。

①育児知識

ママ友や両親、近くの友人と子供の話をして「離乳食は〇〇だったよ」「うちは寝返りは6ヶ月だったよ」「歩いたのは1歳になってからだよ」
と情報が共有できるが、障害児の親はそもそも自分の子供と同じ障害を抱えた親が希少であるため、中々、共有がしにくい。

「ブログ」や「SNS」(特にTwitterがオススメ!プロフィールにみんななんの障害があるか書いているよ!)あと病院の障害児サークル(╹◡╹)

②医療ケアの知識(気管切開していれば管理の仕方、吸引の手技、注入方法、移乗の仕方etc…)

ケア技術は練習しないと身につかない。退院前に一般病棟で付き添い入院をして直接看護師から技術を教わるしかないです。技術を教えるYouTubeがあれば…でも、在宅ケアの本はありました。Amazonで見つけました。DVDもついていたと思います。URL貼っときます↙︎

https://www.amazon.co.jp/写真でわかる重症心身障害児-のケア-アドバンス-BOOK-写真でわかるアドバンスシリーズ/dp/4899963637/ref=asc_df_4899963637/?tag=jpgo-22&linkCode=df0&hvadid=295642026147&hvpos=1o1&hvnetw=g&hvrand=15924339704901464588&hvpone=&hvptwo=&hvqmt=&hvdev=c&hvdvcmdl=&hvlocint=&hvlocphy=1009689&hvtargid=pla-526633938365&psc=1&th=1&psc=1

技術は不安な要素を残さない、出来るようになって自信がつくまで繰り返す!ケアが不安な時は実施せずに病院に連絡する!

③からだの仕組みと病気の知識

最初に「解剖生理学(からだの成り立ちと何の役割を果たすか)」と「採血データーの見方」を覚えるべきだと思います。それからじゃないと、病気の理解は難しい。

心臓に障害があるなら・・・・・

心臓の成り立ちを勉強する→正常の心臓と役割→何が障害になっているのか→今からだで何が起きているのか→どうして問題なのか→それを解決するのはどうしたらいいのか         

この過程がないと病気の理解は難しいです。

まず、「正常のからだの仕組み」を知ってから「病気のなかみ」を知る!

④社会保障制度について

この問題はまず市町村に保育所の相談した時に

医療ケア児コーディネーターがいないことによる親の負担が大きい

↑これに尽きると思います。

でも、文句ばっか言っても、子供の生活と自分の生活のためにはならないので、何か改善できることがあるのかなと考えてみました。ちなみに私の場合、保育所に預けられない状態を理解した上で市町村の保健師と話をしましたが、お話になりませんでした。その時の話はこちら↙︎

社会保障制度は通院している病院のソーシャルワーカーが今の所、1番詳しいのかなと思います

以上、4つの医療ケア児の親に求められるものをまとめてみました。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

医療ケア児の保育所について

こんにちわ。「なったら」です(╹◡╹)

医療ケア児は保育所に入れるのでしょうか?

私の子供は入院中なので無理ですが職場の手続き上、「入所不可」通知が欲しくて一応申し込みには行きました。

入所しないことを前提の申し込みでしたが、子供の状態を市の担当保健師さんにお話すると、、、、、

泣かれてしまいました。。。。

現状では私が住んでいる地域では医療ケア児を預かってくれる保育所も通所サービスもありません。私がフルタイムで職場に復帰して休みの日は家で子供と過ごすという、普通の子供ならできることが医療ケア児になるとできません。

そうなると、仕事を辞めて自宅で一緒に過ごすか(生活できない泣)、

子供を施設(重症身体障害者の病棟)に預けて、仕事をしないといけなくなる。

短い人生、何を選ぶか、今、模索しています。

医療ケア児コーディネーターの研修は受けようと思っています。この情報を発信することで、障害児や医療ケア児の家族を含めたより良い生き方ができるように目指していきます。

でも、行政の保健師さんは優しいんだろうけど、困ってる人の力になるような知識を蓄えてほしい。せめて、法律や制度の話を勉強してほしい。現状での市で行える事を知った上で話を聞いてください、と思った。普通に私の方が詳しかったのは残念だった。

自分がその身にならない限り人間は興味ない情報は取り入れないんだろうな、とも思いました。私もそうでした。

なので、このブログが情報を必要としている人の元へと届きますように。

そして、私の経験が誰かの力になりますように。

保育所はダメでも、レスパイトっていう短期入所施設を使えるところもあるそうだから、障害者家族、医療ケア家族の方、自分の体や人生も大切にしてください。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

どうしても看護師を辞めたいと思った人へ

「先輩がひどいことを言ってくる。パワハラだ」

「後輩は全然育たないし尻拭いばっかりだ」

「患者さんの理不尽な態度にもう疲れた」

「忙しくて毎日残業。辛い」

分かります。私も総合病院の急性期病棟で働いていました。なんなら育休明けにそこに配属され、院内の保育時間が終わった20時に子供を迎えに行って、終わらない電子カルテの入力を1歳半の子を膝に乗せてしていました。夜勤もフルでしていたので、準深夜勤もしていました。1歳半の子を夫に任せて、フルタイム、きつかった。夫もきつかったと思います。地獄の日々でした。プラスでその時期に親の介護も重なっていました。

で、結論として、辞めたいのなら、辞めて良いと思います。

看護師の仕事はいっぱいあります。そのための国家資格です。引く手数多です。

でも、その前に1つだけ、言いたいことがあります。

それは、その職場に尊敬できる人はいるか、ということです。これは私のプリセプターさんからの受け売りです。私はこの人を尊敬していました。

「どんなに嫌な人でも絶対に1つは良いところがあるからそれを真似しよう」

なるほど。そして私から付け足すのなら、

「技術」と「知識」は裏切らないです。看護技術を磨きましょう。採血技術、清拭の手際、体位変換のコツ、とっつきにくそうな患者さんとのコミュニケーション能力。そして、「知識」を得てからの「エビデンス」です。根拠がないと看護ではないです。理由が必要です。そしてそれを看護計画に生かします。

じゃないと、そこに居た時間がもったいないし、あなたがもったいない。真似さえすれば、自分のものになるかもしれないものを見過ごすなんて。

でも、尊敬できない人が1人も居ないなら、さっさと辞めましょう。それこそ、そこで働いている方がもったいないです。時間の無駄。

以上。(上から目線失礼いたしました。読んでいただきありがとうございました)

私がブログを始めた理由

1、ワードプレス(WordPress)でブログを始めたのは将来の息子の治療費に使うため(再生医療を含む)←再生医療についてはまた後日記載します

2、ナースとして働いた経験を障害児ケアに使えるように発信したい

3、障害児はこんなにいるんだぞ、親はこんなこと思ってんだぞ、と言いたい

以上、3つです。

WordPressを選択したのはちょっと背伸びした感じがありましたが、大きいキッカケは旦那の後押しもあったからかもしれない。

「ブログでもなんでもやったらええやん」って軽く言われて、URL送ってきて、後は放置(笑)でも、そんな方法がある事すら知らなかったから衝撃だった。

なんせ、看護師しかやってこなかったから、本当に井の中の蛙。ゲロゲロ。

自分で調べるとブロガーのヒトデさんを見つけました。有名なブロガーさんですよね。ヒトデでググるともう「ヒトデブログ」で出てきます。

この方のブログの作り方の説明がなんせ分かり易くて

「よっし!やろう。息子のためと、同じ病気になって情報が欲しかったり、医療ケア児の状況や待遇を知りたかったりしている人がいるはずだ!私がそうだ!(笑)」となりました。

あとは、小児科で働いた経験があり、今度はナース側じゃなくて、患者側から世界を見た時に、自分のナースとしての未熟さを知ったから、です。何にもわかってなかった。業務だけしてた自分。情けない。反省。

あとは子供が入院して、こんなに病気の子供たちがいっぱいいて病気と闘ってるんだなって、生きている事は当たり前じゃない、1日1日が本気なんだと思ったからです。

↘︎お世話になったヒトデブログのURLは下に貼っておきます↙︎

ttps://hitodeblog.com

お風呂に入れない時の保清ケア

こんばんわ( ・∇・)急性脳症を発症して3ヶ月半のあいだ、息子はお風呂に入っていません。毎日、看護師さん達が体を拭いてくれるのですが、、、、

赤ちゃんらしからぬ、おっさんの匂いがするようになってしまいました。

そこで、ナースで働いていた時に使っていた

リモイスクレンズ」

について聞きました。入院中のPICUの看護師さんに聞くとすでに使ってくれていたようで、本人用で購入しました。

使い方は簡単です。

1、クリーム状になっているので汚れているところに塗る

2、タオルを巻いて数分待つ

3、拭き取る            

これは私が整形外科病棟で働いていた時によく使っていました。

入浴できない患者さんの体を拭く前に足に、先にリモイスクレンズを塗っておく。温かいタオルを巻いておいて、体を拭いて、着替えた後に、足のタオルを除けると、タオルがまっくろ。汚れがごっそりと取れていました。

人工肛門(ストマ)のパウチ交換時にも洗剤がわりに使えます。

<メリット>

●洗い流さなくてもいい

●タオルやガーゼでも拭き取れる

●アルコールアレルギーでも使える(息子はアルコールだめなので嬉しい)

●洗浄+保湿もできるから保湿剤いらず

<デメリット>

●コストがかかる←これは普通の洗剤に比べて高い

●汚れとクリームをなじませてから除去しないと効果がない

人工呼吸器をつけて、医療ケア児を在宅で見ているとお風呂は怖いと思います。私はまだそこまで行ってはいませんが、早くお風呂に入れてあげたいな。

自発呼吸がないから、アンビューでバギングしながらのお風呂になるけど、今はまだそれは怖いです。

お風呂が入れなくても何か替わりになるようなケアがあれば知りたいと思われている方にオススメです。3ヶ月半に溜まりに溜まったアカをこのクリームで看護師さんと一緒にきれいにしてきます(╹◡╹)

<補足>

リモイスバリアは普通の薬局では売っていないので、私は病院の売店で購入しました。後は、Amazonや楽天、アスクルにもあるそうです。

*注意*リモイスバリアと見た目が似ていますが、「リモイスクレンズ」です!

↘︎詳しく成分や、使い方を知りたい方はURLを下に貼っておきます↙︎

http://www.alcare.co.jp/medical/skincare/products/remois-cleanse.shtml

「もし、ダウン症だったら堕ろしてた」

こんにちは。「なったら」です。

今日は先日、会った友人の話をします。タイトルはその時の友人の発言です。

友人はナースで不妊治療をして、子供を授かった。おめでとう!

そして、出生前検査を積極的に行った。

「障害児を産んだらその子供が可哀想。私には育てる自信がない」少しでも異常の可能性があれば自分には育てられないと言っていた。

私の息子は出生時は異常は指摘されなかった。まだ、息子の急性脳症についての経過をブログではまとめていないが、妊娠中は問題なく、出産も普通分娩だった。

心の中で私は「いやいや、普通に産んでも障害が残る可能性だってあるよ?」

と思ったけど、自分が逆の立場であればそんなこと言われても気分が悪くなるしな、と思って言わなかった。

人間は生まれつきの優秀さを重視する。それは本能的なものもあるし、

「普通」と言う感覚から外れてしまうと疎外感を感じるようにできているのだと思う。

日本人は特に流されやすいから、

「ダウン症は不幸せだ」と思っている環境で過ごせば、そう信じるし

「ダウン症であっても幸せだ」と思っている人の周りで過ごせば、そう思うようになると思う。

私が思ったのはお腹の中で生きている命を、親が切ってしまうのか、と言うことだった。

息子が脳症になって、子どもが生きている、と言うことは当たり前ではなくなった。

「いつか必ず人間は死ぬのにわざわざ染色体上の優劣をつけて殺してしまわなくてもいいんじゃない?」と思うし

「育てる親の身になったら、障害がある子供がいる時点で死ぬに死ねないし、他の人に迷惑をかけて、本人自体も可哀想」とも思う。

医学が進みすぎて「死」さえも選択できるようになった。

日本では安楽死は認められていないが、欧米諸国では認められているから今後その方向に進む可能性も出てくる。その時、わたし達は死ぬ時期も選べるようになるかもしれない。

問題はそれで「幸せ」になれるのかと言うことだと思う。

論点がずれそうなので話を戻すと、ダウン症だったら中絶するか、の問いに私自身は「わからない」と返す。それは逃げだと言われそうだが、検査を受けるのも受けないのも本人の自由だ。選択肢が少ない方が選びやすい。楽天的だと言われそうだが、私は出世前診断は受けずに「生まれた時に考えればいい」と思う。

人生では受け入れられないほどの不幸なことは山のように起こっていて、それを全て除去できるとは思っていない。なるべく除去して、できることは全てしたい気持ちも分かる。でも、子供の命を断つことの決断をダウン症であろうが他の染色体異常であろうが私はできない。生まれて不幸せになるかもしれない。でも幸せになるかもしれない。不幸になる可能性だけでなく、幸せになる可能性を断ち切ることができないから、結局答えは「わからない」になるのだと思う。

でも、もし、障害児を産んだことで子供自身に責められたら、どうしようか。

私は「お母さんはあなたが障害があってもなくても、どうしてもあなたに会いたかったから」と誠心誠意伝えようかな、と思う。酷い親だと罵られても、無責任な親だと言われても、それが一番の私の気持ちだから、許してね、と抱きしめるしかないのかなと思う。

やらかしちまぁた

真面目な文章ばっかり書いていたので、ここで私の武勇伝を披露します。偉そうなこと書いていますが、仕事は(どちらかと言うと)好きですが、仕事はできません。

仕事はできません!(2回目)仕事はできません!(3回目)

めっちゃ真面目に語っといて何ですが、色々やらかしちまってます。

やらかしちまった看護師が書く始末書をインシデントレポートと言います。新人時代には毎日書いてました。自分の存在がインシデントだと思ってました。そしてカンファレンスでみんなの前で発表する。お通夜みたいな空気になる。メンバーによっては地獄になる。チーン。誰とも目線合わせられない、発言こわい。

この時間早く終われ、終われ、終われってなる。

「悪いのは起こした本人ではなくって、起きてしまった状況なのよ」

とか、優しく言ってくれる同僚の言葉を信じちゃあいけません。

「絶対あの人ぼーっとしてたって」

と裏切りが発生する。多発テロのように同時に発生する。しかもまあまあ被害がでかく傷跡も残る。割に、2、3ヶ月するとすぐに忘れられて次のテロが起きる。なんておそろしい。

で、やらかしちまったのは新人の時。

*浣腸記載があります。閲覧注意*

私は浣腸の処置を初めて患者さんにするので先輩についてきてもらった。

浣腸液にキシロカインゼリーを付けて、肛門に入れる。私は不安だったので先輩に

「いいですか?これで大丈夫ですか?あってますか?していいですか?」

と息するたびに聞いていた。うざい新人だ。

結構適当な先輩で、私の方を見ずに

「大丈夫、大丈夫、大丈夫」

とこちらも息するように大丈夫を繰り返していた。

私は浣腸液をいれようと薬の入っているボトルを押した。ビクともしなかった。

力が足りない?

私は気合いを入れ直してもう一度ボトルを押した。薬液が入らない。焦った。先輩を見て言った。

「先輩、入らないんですけど」

大丈夫、大丈夫、と先輩は2回言った後、え、と顔色を変えた。

「待って、変わって」

交代したが浣腸液は入らない。

何度しても出来ないので一旦浣腸液のボトルを抜くとキャップをしたまま入れていた。

先輩→( ゚д゚)( ゚д゚)( ゚д゚)ハ!?

私→_:(´ཀ`) ∠):_すみません…。

空気が一変し、先輩は飛んでナースステーションに帰って「あの子使えない。やばい」って言っていた。

その後のナースステーションに帰った時の先輩たちの白い目。恐ろしかった。

その後、患者さんには説明をして謝罪いたしました。

まだまだ、やらかしちまった武勇伝はあるのでまじめな話以外にも書いていきます。気が向いたらまた読んで下さい。

家族ケア

どこかの看護サイトに「家族ケア」について書いてあった。

⑴家族に丁寧な挨拶をする

⑵患者さんの状態を伝える

アドバイスは二つ。え、終わり?と思った。タイトルに大きく「家族看護とは何か、実践アプローチを交えて」何て、いかにも今すぐ使えそうなスキルを教えてくれるような表示をしといてそれだけ?

「おはようございます、今日はお熱も下がっていて、血圧も安定しています」具体的に例文にしてみると以上。確かに誰でも今すぐ伝えられる。なんなら看護師でなくても伝えられる。看護師は忙しいからそれぐらいでいいのだろうか。私が家族として声をかけてもらい嬉しかった事は業務的な話ではなかった。

「お母さん、寝られていますか。お兄ちゃんは体調どうですか」

家族の体調を気遣う声。

「大分涼しくなってきましたね。衣替えはしましたか」

「台風が来てますね。今日、傘持ってきましたか」

季節や天気の話。なんて事ない当たり障りのない普通の会話。

子供は入院しているが、私達家族は生活をしている。その生活は子供が病気になろうと、ならないとも続いていかなければならない毎日の日常だ。

人によっては病気を患っている人がいるのに何を呑気に天気の話をしているのか、と思う人がいるかもしれない。でも、病院に来る前から家族は病院に入院している人の事を思い、病気のことについて考えている。正直、病院の中の事はお腹いっぱいなのだ。不意に、病院以外の事を話すと気が紛れる。そして、狭まっていた視野がすこし拡がり気持ちが楽になる。私はそうだった。雑談が鬱々とした病院に通う毎日に少し彩りを与えてくれた。

家族ケアを行いたいけれど、何から始めていいのか分からない看護師には

⑴家族に挨拶をする

⑵患者さんの状態を説明する

⑶雑談をする(雑談が苦手なら体調を気遣う声をかける)

⑶を追加して欲しい。

それを続けていくと必ず患者の家族は看護師の名前を覚えてくれる。そこから本当の「家族ケア」が始まる。

雑談ができもしないのに、家族のケアにたどり着けるはずがないと思った。

ナースから見た障害児とその親

「障害児を育てるって大変そう、かわいそう」

「障害児の親は自分の時間なさそう。自分を犠牲にしてそう」

小児科で働いている時、私は漠然とそんな事を思っていた。

仕事では勤務時間のみ病院で対応したら終わり。

家族はそうはいかない。

同情した。

その感情は同情以外のなにものでもなかった。

そして想像もつかない大変さを思った。生活への不安や同胞の苦悩など色んな感情が込み上げてきて、担当する時には緊張した。障害児を抱えた家族を理解したい、ケアしたいと思っても、そんな事は自分には無理なのではないか、と同時に思ってもいた。何か自分に出来る事があるはず、と思う一方で、たかだか私1人の力で何ができるのだろうと自問自答していた。

印象に残っている障害児と家族がいる。

脳性マヒで生まれつき意思の疎通も出来ない、寝返りもできず、表情は快か不快かぐらいで、意味を持った言葉を発する事もなく季節の変り目に入退院を繰り返していた。

いわゆる「常連さん」であった。

家族の付き添い入院が必須であったため、部屋には患児と母親か祖母が付き添っていた。

 熱が出ており、入浴できないため、その日は身体を拭くために部屋にタオルを持って入った。

「おはようございます」

部屋に入って声をかける。自宅でいたらお風呂は夜に入るが、入院したら昼間の方が看護師の勤務者が多いため、清潔ケアは日中に行われることが多い。

母親は子供に向かって「看護師さんが身体拭きにきてくれたよ。お着替えしよっか」と言って着替えを準備した。

 私と一緒にケアに入った看護師は声をかけながら身体を拭いた。患児は、目は開いているが返事はない。時に、あーあー、と話しかけた時とは違うタイミングで声を発していた。

母親はそれを聞いて、

「そう、気持ちいいの。良かったね」

患児の身体を拭きながらそう言った。私は思わず、

「分かるんですか?」

と、聞いた。どっからどう聞いても、あーあー、としか聞こえない声に母親は当たり前のように反応した。母親は私を笑って見た。

「ううん。分かんない。だってあーあーでしょ?」

「あーあーですね」

私はそう返した。母親は笑って続けた。

「分かんないけど、多分、気持ちいいんだと思うよ。身体拭いてくれてありがとうって意味かも。でも看護師さんの方を見てる」

私は患児を見た。患児は私を見ていた。意味のある言葉を発する訳でなく笑う訳でもない。でも、目を見開いて私を見ていた。

「ほんとだ。気持ちよかった?」

私が聞くと、当たり前だが返事はなかった。返事はなかったが、私から患児は目を逸らさなかった。

「何言ってるか分かんないけど、なんか言ってるんだよね。子育てって難しいわ」

母親はそう言って私を見た。

「まあ、何言ってるんだろう?って想像しながら一緒に居るのも楽しいんだけどね」

私は、そうですか、と言ってタオルを片付けて部屋を出た。

 母親は楽しいと言った。

一緒に居るのが楽しい。きっとそう思うまでにたくさんの事を乗り越えてきたのだと思う。私の想像を絶する悲しいことや嫌なこと、理不尽さを味わってきたんだと思う。でも、母親は子供の障害をあるがままに受け入れていた。見たままの状態を受け入れる。それは、子供存在を、障害を、意志の疎通が出来ない不自由さを肯定していた。

障害児の親を勝手に「すごいもの」だと思い、「可哀相」であると同情し、「何かしてあげなければならない」なんて感情は、驕りだと思った。どの立場から相手を見ていたのかと恥ずかしく思った。

『あるがままを受け入れる』

文字にすれば簡単だが、これを実行するのは難しい。

それができればどんなにいいか、と思う。まだ私は思えない。思っていたらいつか本物になるかなとは思っている。そうじゃないとやっていけない。

無意識に看護師を含め医療者やそれ以外の健常人でも障害者や障害者家族を一括りにして考えている部分があると思う。何かしてあげたい、助けたい、という思いは見て見ぬフリをするより確実に立派だと思う。でも、別に特別ではない。特別じゃないが少し不自由が多いだけだ。

障害児の親はなりたくてなったのではない。

産んだ子供がたまたま障害児になっただけだ。

 普通の親と一緒だ。勉強が出来ない、運動が出来ない、歌が下手だそれと同じ感覚で自分の子供を見ていた。

 私がそれに気づけたのはナースの立場から障害者を見たからではない。障害者の親になって、初めて自分のナースとして抱いていた思いを見つめ直したからだ。

 私は大分ズレていた。子供が障害を持った事を決して良かったとは思わない。なんなら、今すぐ元気になって、健康な体で自分の人生を歩める人間になって欲しいと思う。

でも、自分の子供が障害を持たなければ私は一生、障害を障害としてしか見ることができなかったと思う。このズレに気づかないまま生きる事はとんでもなく恥ずかしく、惨めな事だったのだろうかと今思うとゾッとすらする。

はじめまして

はじめまして。私はブログ名にもある「ナースが障害児の親になったら」の「なったら」と言います。

私は看護師として10年働きました。

その間に「小児科」「整形外科」「消化器外科」「精神科」で勤務しました。

就職したのは20歳のとき。はじめての病棟は「小児科」と「整形外科」の混合病棟でした。

私が配属された小児科は小児年齢の0歳〜15歳までの治療が必要な小児全てが対象でした。(耳鼻科や整形外科関係なしのなんでもウェルカムな感じ)

 病気の患者の看護を勉強し、疾患を理解し、対象の人物の人生背景を考慮して関りを考えました。

20歳になりたての自分がまだ経験したことのない病気と年齢背景を踏まえて話をすることは不可能に近かったです。

当時、子供も産んでいない自分が病気の子供を持つ母親の話を聞き理解すること、

100年生きた人が転倒し足を骨折して寝たきりになってしまった気持ちを理解すること。

体験したことない状況を想像し、患者さんの立場に立って考えることが必要でした。

言葉にするのは簡単ですが、その状況に対して想像だけでは安易に行動が出来ない世界です。

 私はなんとか「業務」を行えるようになったが、果たして「看護」を行えているのか疑問に思う事もありました。そんな時、担当していた未熟児のお母さんが面会の時に呟いた一言が忘れられずいました。

「ちゃんとお腹の中で予定日まで育ててあげられなくてごめんね」

棘のように刺さってずっと心にこの言葉がありました。

病棟で一番長いAさんに

「子供を産んでいないのに未熟児を産んだ母親が落ち込んでいるときになんて声をかけていいのか分からないです、なんて声をかけてあげればいいですか」

と聞いたことがありました。

Aさんは私の教育係で看護師として20年以上働いたベテランだった。彼女であれば私が抱えているジレンマに対して何かしら適切なアドバイスをしてくれるだろうと期待していました。

Aさんは

「そんなの、子供産んだことない私に言われても分からない。今の目の前の事実だけ言ったらいいんじゃない」

と言いました。

私はショックでした。

目の前の事実しか伝えられないのか、と。

もっと相手を労わる言葉がないのだろうか、と。

母親は未熟児を産んだ自分を責めていました。自責の念を取り払うまでの大層な事は出来なくても、少しでも目の前の生まれてきた子供が今生きている事実を希望として受け止められるような働きかけがしたかったです。

あれから10年経ちました。

私は未熟児を産んだ母親になんて声をかけたらいいのかずっと考えていました。どこかに答えがあるのでは、と思っていました。

そんな私は障害児の親になりました。

このブログを通して、看護師として、障害者の家族として、親として、

色んなことを発信して、

同じような気持ちを抱えている人の力になりたいと思います。

ここまで読んでくれてありがとうございます。