急性壊死性脳症について⑸

こんにちは。「なったら」です(╹◡╹)

↑前回↑の急性壊死性脳症について⑷の続きを書いていきます。

PICUで息子の治療中は気が気でなかった。

いつ電話が鳴ってもおかしくない緊張状態の中、携帯電話を常に意識し、病院に行っては息子の顔を見て生きていることに安堵し、意識がない事に絶望する。

その繰り返し。

生きていてくれてありがとう。でも、意識が戻らない事に言葉にならない絶望抱く。

誰にもこの気持ちは分からないだろうと思った。

健康な赤ちゃんを抱っこしている家族を見て羨ましく、妬ましく思った。

原因を見つけたい。それも思っていた。私の頭は理論的で、物事には原因があると思っていた。病気の原因。息子の意識と人生を奪った原因は何か。

血液検査で急性壊死性脳症を引き起こす原因とされるウィルスは発見されなかった。つまり、原因は不明。

息子自身に脳症に罹りやすい因子があるとすれば、それはもう染色体の細かい特性を調べるしかなかった。これは東京大学の医学部で調べてもらう事になった。

つまり、未だ原因不明の急性壊死性脳症。

現代の医学では息子の病気の原因はまだ分からないまま、ミルクが飲めないのもまだ分かってはいない。

今後の経過で分かれば追記しようかな、と思います。

急性壊死性脳症、自体が珍しく、少しでも情報が欲しい人に力になりたかったけれど、あんまりプラスにならなかったかな、という文章ですみません。本当に経過だけになってしまいました。

急性壊死性脳症で経過どうだったんですか、と知りたい方はコメント頂ければ体験談でお返事ですがさせていただきます。

ここまで読んでいただきありがとうございました。

急性壊死性脳症について⑷

こんにちは。「なったら」です(╹◡╹)

↑前回の続き↑を書いていきます。よろしくお願いします。

親族できるだけPICUに集まって、息子の顔を見た。

真っ白な顔、冷たい手、小さな体、機械と薬で生かされている命。

「頑張って、まだ一緒にいよう」涙が溢れて、もうそれしか言えなかった。

「頑張って、頑張って、頑張って、お願いします。まだ息子と一緒に居たいんです。5ヶ月しか一緒に居ないんです。やっと笑ったり、寝返りができるようになったばかりなんです。一緒にいろんな事してないんです。お願いします。私より先に息子を死なせないでください」祈るばかりだった。

先生「病気の勢いが強くて血圧が持ちません。ここで血漿交換の治療をしてみようと思っています」(血漿交換:自分の血液を一旦体の外に出し不純物を取り除いて、自分の体に返すと同時に輸血を行う事。*透析は水分を除去して戻したり、不要な成分を除去して戻すが、血漿交換は輸血も同時に行う、透析より高度な全身状態の観察が求められる)

先生にそう説明を受けて、リスクも説明を受けた。血圧が不安定な以上、血漿交換を受けても治療が成功するかどうかわからないことも言われた。

私達夫婦は血漿交換をお願いした。リスクがあっても生きる可能性が1%でもあるなら治療は実施して欲しかった。

結果、3日間息子はどうなるか分からない血漿交換のリスクを乗り越え、急性脳症の大きな波に打ち勝ち、生命を何とか維持できるようになった。

でも、意識もない、反応もない、目も開けない。触っても冷たい。

体温調節も、呼吸も自力でできない。動くこともない、しゃべる事もない。

ただ、ベッドの上で寝ているだけの状態。

5ヶ月の息子は言葉を発する前に寝たきりになってしまった。

↘︎急性壊死性脳症について⑸に続きます↙︎